いつかどこかの世界
 『ワカヤマール物語』
  〜シンデレラの溜息〜


いつかどこかの世界に、ワカヤマ−ルという国がありました。
ワカヤマ−ルは大国オオサカリアの隣にあり、これといった特徴のない国です。
けれど人の心はとてもおだやかで、
どこにもまけないことが一つだけあります。
それは国境地帯にほど近いロ−サイ山のふもとに
一人の魔女が住んでいることです。
「北の魔女アイコ−ディア」
人々は敬愛と親しみを込め、彼女のことをそう呼んでいます。


ワカヤマ−ルにも、そろそろ春の足音が聞こえてきました。
どんな足音かと申しますと、ウキウキとかソワソワといった感じです。
雪が消えるのと入れ替わりにたくさんの花が咲く様子は、まるであれよあれよですし、
優しいお日様の光は、まぎれもなくポッカポカなのです。
ワカヤマ−ルの人たちは春の訪れが嬉しくて仕方がありません。
でも、けしして冬がキライというわけではないのです。
春が始まる少し前にどこかもの悲しく感じるのは、きっと冬が終わることを
淋しく感じているからなのかもしれません。
春には春の、冬には冬の素晴らしさがあることを、ワカヤマ−ルの人達はちゃんと知っているのです。

 さて、今朝の北の村はとても良いお天気です。
魔女の家のリンゴの木もとても上機嫌です。
自分で枝をふるわせて朝露をはらっているぐらいですから、それはそれはたいしたお天気ですね。
今日のリンゴのお世話係はタムラ−ヌとミ−ヤ・チャンのようでした。
たっぷりと着込まなくて良いこの季節は、外での仕事が大人気です。
二人は大喜びでリンゴの木の下にたちました。
『おはようございます。 素敵なお天気ですね』声をそろえて挨拶します。
見習い魔女たるもの、たとえ相手がリンゴの木でも礼儀は欠いたりしないものなのです。
それにこの木が普通のリンゴの木でないことはもうご存じですね。
この木は魔女の家のとても大事な家族なのです。
お師匠様が子供の頃にはもう立派な大木だったというのですから、ずいぶんな
お年寄りでもあるのです。
もしかすると、この世のはじめから生えていた木なのかもしれません。
見習い魔女にリンゴの木の言葉はわかりません。
でも木の方は不思議と、見習い魔女の言葉をわかってくれているようです。
だって、いつものように朝の挨拶をすると、程良く熟した実が、ちょうど良い数だけ
ポトリポトリと落ちてくるのですから。
この木と話が出来るのは、世界ひろしと言えど、偉大な魔女アイコ−ディアだけ。
それもリンゴの木とアイコ−ディアが話を交わすときも、そうあるわけではありません。
風が無く、雨が降らず、空気が澄んだ星明かりの夜だけです。
・・・そう、今日は風もなく、雨も降らず、もちろん空気はこんなに澄んでいます。
見習い魔女はたっぷりの息を吸い、頬を輝かせて顔を見合わせます。
ほら、こんなに空気がご機嫌な日なんてめったにありません。
二人はリンゴをバスケットに入れると、急いで台所に駆け込みました。
途中でミ−ヤは転びそうになるし、タムラ−ヌは楡の枝でおでこをぶつけるし、もう何がなんだかの大慌てです。
だって、今日は特別の日かもしれないのですから。
『特別な日』は、魔女の家にとって文字通りこのうえもなく特別な日なのです。
二人が息を切らせて古めかしいオ−ブンの傍にバスケットを置くと、小さな紙切れが乗っていました。
{今日はリンゴのタルトが食べたいな}アイコ−デイアの走り書きです。
二人は声を上げそうになるのをギュッと我慢し、向かい合うとアイコ−ディアの真似をしてニッコリと微笑みました。
上手くできたのかどうかは定かではありませんが、その後二人はお腹を抱えて大声で笑いました。
その声を聞きつけたヤマダリア、オオマタ−ヌ、ミヤモト−レが次々に台所に現れます。
みんなはタムラ−ヌとミ−ヤ・チャンが戸棚からタルトの型を出し始めているのを見ると、
やはり同じように大喜びをしました。
だって、アップル・タルトは、『特別な日』という事に決まっているのですから。
今日みたいに何もかもが上手く運ぶ日は、目に映る何もかもが素敵に見えます。
だって待ち遠しさは、これから起こるいろんな事を、より一層輝かせる働きがあるのですから。
みんなは又笑い声を上げながらそれぞれの持ち場に帰っていきました。
しかし、しばらくしてタムラ−ヌとミ−ヤ・チャンがまたまた顔を見合わせました。
ミゾウラリアがいくら待っても現れないのです。
人柄と言葉はやけにおっとりとしていますが、楽しいことと美味しいものにはまるでコマネズミのように
目ざとい彼女です。
そのミゾウラリアが、こんな時にやってこないのは、不思議以外の何ものでもありません。
二人がお互いの気がかりを言葉にしようとしたとき、ミゾウラリアが足早に台所にやって来ました。
「ごめんなさい、すぐに支度をするわ」そういってタルトの型を目にした彼女は、ウンと納得したように
テキパキと仕事を始めました。
ただそれだけのことで、何がどうしたということではありません。
でも、いつも通りに仕事をこなすミゾウラリアが、いつものミゾウラリアでないことは、タムラ−ヌとミ−ヤ・チャンには
よくわかったのです。
何もかもが上手く運んでいた特別な日は、ミゾウラリアの小さな溜め息で、あっと言うまに忘れ去られてしまいました。
でも、そのことで二人が機嫌を悪くしたのではないことは、おわかりですよね。
二人はミゾウラリアが心配で仕方がないのです。
でも、ミゾウラリア自身が一生懸命いつもの自分で居ようとするので、訳を聞こうか、気づかぬ振りをしようか、
なにやらきっかけがつかめなかったのです。
かまどに火が入りタルトが焼き上がるまでの間、いつもよりめっきり無口な3人なのでした。

 その日のお昼前、魔女の家の前に立派な馬車がとまっております。
ミゾウラリアが鞄を持ってドアの前にたっています。
「すみませんお師匠様、すぐに帰って参ります」
そして何故かはわかりませんが、アイコ−ディアと他の見習い魔女達は、抑揚のない声で挨拶をするミゾウラリアを
見送らなければなりませんでした。
弟子達は突然居なくなるミゾウラリアが後のことを心配しないようにと、たくさん励ましの言葉をかけてあげました。
でも、どんな励ましの言葉も、握られた手が離れると急速に心細くなるのです。
ミゾウラリアが頭を下げ馬車に乗り込もうとしたとき、それまで何も言わなかったアイコ−デイアがミゾウラリアの側に行き、
小声でそっと耳打ちをしました。
「わたし、あなたのお料理が食べられないと困るから、早く帰ってきてね」
その言葉を聞いたミゾウラリアの顔に、とても嬉しそうな笑みが浮かびました。
そして御者がかけ声をかけると、馬車はあっという間に見えなくなりました。
何もかもが、あれよあれよという間でした。
でも、ふと我に返った弟子達が、ミゾウラリアにアイコ−ディアが何を言ったのかとても聞きたがりました。
アイコ−ディアはもったいを付けるように小さく咳払いをすると、「とても特別な言葉よ」と片目をつぶりました。
弟子達がとんでもなく楽しそうに不満の声を上げましたが、偉大な魔女はそれ以上けして教えませんでした。
チョッピリ騒がしいことも、今は良いことです。
そんな中、ふと窓の外を見つめた見習い魔女の一人がつぶやきました。
「今日はいったいどんな日なのでしょう・・・」
特別な日、そうそれはまた、くだんの彼女にとっても特別な日だったのです。

 そして夜、見習い魔女の一人が居ないことを除き、特別な日は予定どおりに始まりました。
風もなく、雨も降らない夜の空は、ダイアモンドを撒き散らせたようにキラキラと輝きを放ち、まるで天の宝石箱を
ひっくり返したようです。
耳の奥にジ−ンと音がするぐらい静まりかえった世界に佇んでいると、今まで何も感じなかった場所から、次第に
いろいろな音が聞こえてきます。
小さな虫の声、草の伸びる音、誰かの寝息、土の中での微かな会話、そして地球のきしむ音・・・。
耳を澄ませばすますほど、世界はどんどんざわめきを増し続けます。
もしかするとアイコ−デイアは、そんなすべての音や声が聞けるのではないかと弟子達は思うのです。
魔女の家からアイコ−ディアが出てきました。
新月のため辺りは真っ暗ですが、もとよりアイコ−ディアに灯りは必要ありません。
そうです、この特別な日はアイコ−デイアが帽子を脱ぐ日なのです。
おつむに輝く金色の野バラの花冠が現れると、辺りの草や木までもが息を潜めます。
花冠がゆらゆらと優しくたゆたう様は、何度見ても心がキュッと締め付けられる思いがするです。
魔女の全身がポウッ・・と柔らかな光に包まれている姿は、それはそれは美しく、弟子達は息をすることも忘れて
アイコ−デイアを見つめます。
ゆっくりとリンゴの下まで来た偉大な魔女は、片手を上げると静かに呪文を唱え始めます。
呪文が始まりしばらくすると、どこからか単調ではありますが、微かな旋律に似た音色が響き始めました。
見ると、リンゴ木がうっすらと輝いています。
その美しさもさることながら、アイコ−デイアの唇が言葉を紡ぎ、小さくおつむを垂れるたび、
「リ−ン・・・」と限りなく澄んだ音色がリンゴの実の一つ一つから聞こえます。
アイコ−ディアの問い掛けに、リンゴの木が応えているのです。
ゆっくりとしてその静かな動作は、まるで優雅なダンスのようであり、呪文は心にしみる歌声のようであります。
時を置き、弟子達の初々しい呪文が重なりゆくと、やがてそれは大きな流れとなり、命のハ−モニ−を奏で始めます。
透明な旋律は心を揺らす揺りかごのように優しく、そして呪文は心そっと心を支えるのです。
綿々と続く夜の闇の中で、最後のリンゴが涼やかな音をたてたとき、特別な日は静かに終わりを告げました。
あまりにもあっけなくアイコ−デイアが去った後、弟子達はまたうっすらと光をにじませたリンゴの木を見て、
自分たちが少し泣いている事に気づきます。
悲しくない、嬉しくない、でも心が震えたときに涙は出るものだと言うことを弟子達は知っています。
特別な日も終わり、明日も適当に早いので、魔女達は三々五々眠りにつきます。
真っ暗で何も見えない庭からは、むせかえる花の香りが漂っています。
明日、いつもの朝に目にする花々達も、きっと愛らしい姿を見せてくれることでしょう。
でもそれは目に見えた美しさだけではなく、きっと心が見せた美しさに違いありません。

 さて翌日、まだお日様が昇ってまもない頃、城下町の或る御屋敷では、通りに面した二階の窓が開きました。
人通りはなく、スズメたちがパンくずをついばむ元気な鳴き声だけが聞こえます。
その窓から朝靄を揺らして勢いよく放り出されたのは、風呂敷包みと日傘です。
持ち手に結わえられた風呂敷が重しになると、日傘は勢いよくパッと開き、ゆらゆらと揺れて、ふわりと着地を決めました。
その後からぎこちない様子で壁の蔦に掴まったのは誰あろう、ミゾウラリアでした。
足は踏み外しそうだし、スカ−トは邪魔だし、髪は蔦に絡むしで、かなり散々なありさまですが、
本人は大まじめの命がけであります。
「きゃ・・・っ!」
そのうえ後もう少し、という所で下を向いたとたん、ミゾウラリアは手を滑らせてしまったのです。
「・・・っ、い、いたい」
でも、若い娘なら誰でもそうであるように、ミゾウラリアも何もなかったように目にもとまらぬ早さで起きあがりました。
お尻が痛いぐらいで、幸いどこも怪我をした様子はありません。
改めて辺りを見回すと、ミゾウラリアはお尻をポンポンとはたき、日傘と風呂敷包みを拾い、町の外へと歩き始めました。
でも、2.3歩あるいた彼女は驚いて自分の足元を見ました。
靴が片一方見あたりません。
嫌な予感がして降りてきた・・・訂正、落ちてきた辺りを見上げると、
ひじょうに諦めのつきやすいあたりに、靴が引っかかっております。
甲の部分に可愛らしいリボンがついたお気に入りの靴でした。
でも、どうしようか考えようにも答えは一つしか無いようです。
ミゾウラリアは大きな息を吐き、そのままハンカチで足をくるみ足首でリボン結びにすると、
スタスタと歩いてゆきました。
・・・・で、それがちょうどお日様が昇って間もないときで、今はお日様が真上に来ています。
北の村と城下町は、馬車でだいたい1時間足らずの距離。
徒歩ですと街道沿いを通らず、森を抜ける近道を通りますので、女の子の足でも3時間あれば
じゅうぶん帰り着ける、はず・・・・なのですが。
まあ人それぞれ個性があるから面白いので、だからその、なんというか、
とにかく早い話がミゾウラリアは道に迷っておりました。

「ここ、どこ?」
森の中で、ミゾウラリアはとうとう座り込んでしまいました。
痛かった足は靴を履いていた方で、ハンカチを巻いていた方は苔むした地面のひんやりとした感触が心地よく、
ちっとも痛くなんてありませんでした。
時間も時間ですし、本来ならお腹が空いても良い時間ですが、心細くてそんなことは思い出しもしませんでした。
でも、大きな陰を作る大木に寄りかかり
「日に焼けなくて良いわ」
などとぼんやり考えているぐらいですから、そう悲惨な心境でも無さそうです。
しばらく休むつもりで目を閉じると、鳥の鳴き声や梢をわたる風の音が聞こえてきます。
勢い込んで耳を澄ませなくとも、いろんな音がふんわりとミゾウラリアを包んでくれているのがわかります。
ふっと肩の力が抜けたミゾウラリアは、空を見上げようとそのまま地面に体を預けました。
背骨がおかしいほど伸び、なんとも良い気持ちです。
木漏れ日が水面に映える光の破片のようです。
そして木々の間にある小さな青空は、自分が飛び出してきた窓のようでした。
雲が流れ、冷たい風が優しく頬をなでていきます。
「あっ、地球が回ってる・・・」
ミゾウラリアは浮遊感に匹敵するほどの開放感の中で、静かに目を閉じました。

「これ、起きなさい。 こんな所で寝ると風邪を引く」
ミゾウラリアのうたた寝を中断したのは、この森の魔女マ−サでした。
「きゃっ!」
「きゃっ、とは失礼な」
「ご、ごめんなさい」だってミゾウラリアには彼女が誰だかわからないのです。
マ−サは魔女ですが、魔女帽子もケ−プもつけてはいないのですから。
でも、急いで立ち上がるとミゾウラリアにもわかりました。
マ−サのおつむにも、ちゃんとフラワ−サ−クルがあったのです。
彼女のそれは柊でした。
それを花冠と言っていいのかどうかはわかりません、でも葉に真っ赤な実がいくつも付いた、実に
堂々と生き生きとした様子は、まるで森の精霊のようです。
マ−サの方はミゾウラリアを見て一目でわかったようです。
「見習い魔女がこんな所で何をしてるんだい?」
「いえ・・その、道に迷ってしまって」
ミゾウラリアはちょっと恥ずかしそうに答えます。
「それで昼寝をしていたのかい? これは又頼もしい娘だねぇ」
マ−サは風のような声で、カラカラと楽しそうに笑いました。
「まあそれもいいさね。 とにかく家においで、お昼をご馳走してあげるよ」
そういうとマ−サはくるりと背中を向け、さっさと歩いていきます。
考えるまもなくミゾウラリアは、足の速いマ−サからぐれないように付いていかなければなりませんでした。
森の魔女の昼食は、クルミのお粥ととれたての野いちごです。
あまりお腹が空いていないはずのミゾウラリアでしたが、マ−サの陽気さにつられ、
ついついおかわりまでしてしまいました。
「ところで、道に迷ったらしいがどこまで行くんだい?」
食後のお茶を入れながらマ−サが聞きます。
「はい、北の村までです」
その言葉を聞いたマ−サは、一瞬お茶を入れる手を止めました。
「そうかい、北の村かい」
声が心なしか嬉しそうに聞こえたのは気のせいでしょうか?
「それで、もう一つ気になってるんだが、その靴はどっちが本当なんだい?」
「あっ、これですか・・・」
考える事なんてない問い掛けのはずですが、ミゾウラリアはしばらく考えた後、
「もともとはこっちだったんですけど、今はこっちです」と答えました。
そしてハンカチを結んだ足を、満足そうにピンとのばして見せました。
「ほう、そうかい。 どうやら今日はあんたにとって特別な日だったようだね」
大きなカップにハ−ブの湯気をくゆらせながらマ−サが言いました。
ミゾウラリアは、「はい、シンデレラになり損なった日です。 
靴を片一方落としてきたのは良いんですけど、そこって王子様が絶対に気付かない場所なんです」
と、クスクス笑いました。
「なり損ねた割には、ずいぶんと楽しそうじゃないか」
「ええ、でもあんな所に落ちてる靴を拾ってくれる王子様が居たら、結婚しちゃうかもしれません」
そしてミゾウラリアはこういいました。
「私、今まで相手に気に入ってもらえるような靴ばかり履いてきたんだと思います。 
だから落とした靴を拾ってきてくれる人が居ても、自分のじゃない、何か違うって思ってた。 
これではいつまでたってもシンデレラになれませんよね。 今日やっとそのことがわかったんです。 
私、まず自分にピッタリの靴を探さなくちゃいけないんですよね」
マ−サはミゾウラリアの言葉を何度もうなずきながら聞いていました。
「そうかい、良い娘だね。 あんたが自分の靴を見つけたら、きっと山ほど王子がやって来るだろうよ」
「ありがとうございます。 今の私にはこのハンカチの靴がとても大事な靴ですから」
ミゾウラリアはそう言うとマ−サに食事の礼を言って席を立ちました。
居心地の良い場所で、ついつい優しい魔女に甘えてしまいそうになります。
でも、ミゾウラリアにはお腹を空かせたアイコ−ディアが待っているのです。
自分のいる場所、自分を必要として待ってくれている人がミゾウラリアにはあります。
そしてそれは、とても幸せなことなのだと思えます。
お互いにもたれ合って寄り添うのでなく、自分の足で自分を支えながら寄り添うこと。
今までミゾウラリアは魔女の家でも、自分の存在が不安に思えることがありました。
でも、これからはそんなことも減っていく事でしょう。
「気をつけてお行き、またいつでも遊びに来るといい」
マ−サはミゾウラリアを街道沿いの道まで連れていくと、小さなサンダルを渡しました。
「森の中なら良いが、街道は石ころが多いから履いてお行き」
「はい、また来ます。 次は美味しいパイを持って」
「北の魔女の家のアップルパイは評判だからね、アイコ−デイアに宜しく言っておくれ」
なぜ知っているのかとミゾウラリアは思いましたが、よくよく考えてみると
北の村の見習い魔女だと言うことがわかっていけば、しごく当たり前のことでした。
手を振りながら3回目に振り返ると、マ−サの姿は見えなくなっていました。
2回振り返ったら、もう見送らないのが魔女の掟です。
たくさんの思い、チョット不思議な時間、素敵な人、今までとは違う自分。
今日ミゾウラリアにとってまぎれもなく特別な日でした。
抱えきれない特別を持ち、北の村へ、魔女の家へと急ぎます。
ミゾウラリアは城下町を出た後、これも彼女の個性と言うべきか、北の村とは逆方向へ歩いていたのです。
だから北の村に着く頃には、すっかり日が暮れていました。
大きなリンゴの木が見えてきました。
魔女の家の灯りが見えてきました。
幸せが人の数だけあるように、シンデレラの靴も1つではありませんでした。
あのシンデレラの靴は誰のものでもあり、誰のものでもないからガラスで出来ていたのかもしれません。
靴を無くす人もいれば見つける人もいる。
そもそもシンデレラが一人では無いからです。
少なくとも魔女の家には、とても元気の良いシンデレラ達がいつ靴を落としてやろうか手ぐすねを引いています。
心がはやり歩を早めると、ドアの前でショ−ルを羽織ってアイコ−ディアが立っていました。
その笑顔が見たくて駆け出すと、今アイコ−デイアがミゾウラリアを抱きしめようと大きく手を広げたところでした。